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中級者から上級者になれる着実な英語の勉強法『英語独習法』レビュー

Twitterでも書きましたが、最近こちらの本を読みました。

 

 

今までもかなり英語の学習法の本は読んできたつもりですが、認知科学をベースにした今まで見てきた英語学習法とは一線を画する内容であり、ぜひともお勧めしたいです。

 

というわけで、内容の一部を要約しつつ感想を交えて書いていきます。

 

目次:

 

言語学習はエビデンスが難しい

普段医学のことでエビデンスエビデンス言っていると、こうした言語学習の分野でもエビデンスに基づいた確実な方法論を求めてしまうのですが、なかなかそれは難しい話です。

 

言語の学習はその習得度合いの定量化も難しく、また普段の生活でも常に言語を使うため、交絡因子もありすぎます。さらに習得には長い時間と年数を要するため、そんな長期に実験に付き合ってくれる人なんか中々いないわけですね。

 

そうなると、個人の体験談やらカリスマ講師の学習法やらがどうしても溢れ返りがちなのですが、英語を学ぶ環境や目的が違えばまるで通用しないことも多いので、正直あまり頼りにはなりません。

 

実際、自分も何冊か過去に学習法の本を買っていますが、未だかつて継続できたものや効果を感じたものはあまりありません。結局、英語力が最も向上したと感じたのは、TOEFLの試験勉強をしていた時とその際のskype英会話、その後の数ヶ月の留学くらいでした。

 

では、勉強方法として信頼に足るものは何なのかというと、個人の体験談ではなく、言語の習得方法についての機序と論理の積み重ねがしっかりしており、納得できるもの、ではないかと思っています。

 

言語学認知科学の分野では、さまざまな実験が行なわれ、いかにして第二言語が習得されていくのかが検証されています。どのように第二言語を学んでいくのか、だけでなく「どう間違えるのか」にも着目することで、その機序を少しずつ解きほぐしていくわけです。

 

以前購入した『言語はどのように学ばれるか』*1にも興味深い第二言語学習者の特徴が多く記載されていましたが、この本はあくまで教育者などに向けたものなので、学習者向けではありませんでした。

 

今回紹介する『英語独習法』は学習者向けであり、かつ認知科学に基づいた言語習得の機序を考慮して、具体的な方法を提示しています。その点で、他に類をみない面白みの溢れる一冊となっています。

 

スキーマの概念

本書の核となるのはスキーマという概念です。

 

スキーマとは認知心理学で用いられる概念で、ある事柄に対する枠組みとなるような知識を指します。

 

言葉におけるスキーマはどういうものかというと以下のように述べられています。

 

ことばについてのスキーマは、氷山の水面下にある、非常に複雑で豊かな知識のシステムである。スキーマは、ほとんど言語化できず、無意識にアクセスされる。可算・不可算文法の意味も、スキーマの一つなのである。(『英語独習法』第2章より引用)

 

要するに、意識されていない言語の知識というものですね。

 

日本語が母語であれば日本語を話すとき、何も考えずにすらすらと言葉が出てきます。例えば、「に」「が」「は」「を」などの助詞をどう使い分けるのか。そういったことは何も考えずにできています。

 

普段は何も考えていませんが、外国の人や子どもがこうした助詞を間違えると、すぐに気がつきます。

 

3歳の長男がよく「ママにやってね」「パパにやるんだよ」と言いますが、大抵これは「に」と「が」が間違っています笑

本当はママやパパにやって欲しいことがあって、言っていることが多いです。

 

こうした明文化されない知識が言語の能力を支えていることは、以前からすごく気になっていたので、前にも記事に書きました。 

medibook.hatenablog.com

 

本書では第二言語母語スキーマのズレを直し、いかにして第二言語スキーマを学ぶかに主眼が置かれています。

 

コーパスを使ってスキーマを磨く

つい日本語と英語の単語を1対1対応させてしまって覚えようとすることが多いですが、完全に対応する単語はあまりなく、ほとんどスキーマにズレがあることが多いです。

 

本書での例を一部持ち出すと、例えば"shy"という単語は日本語で「恥ずかしい」と訳されることもありますが、これはあくまで性格であって、ある場面で恥ずかしい思いをした、というときには使えません。

 

他にも同様の表現にashamed, embarrassedなどあるわけですが、この辺の違いわかりますでしょうか・・・?

 

そんなとき、日本語では違いを表現できない単語ごとのスキーマの違いを見つけるために、具体的な方法として紹介されているのがコーパスを用いた方法です。コーパスとは、言語の中で使われる単語の種類や頻度、共起表現(どの単語が一緒に用いられやすいか)を統計学的に解析して特徴を探し出す方法論のことを指します。

 

これを使うことで単語ごとのスキーマを磨いていきます。具体的に本書で必要性が説かれている要素は以下の6つです。

 

①その単語が使われる構文

②その単語と共起する単語

③その単語の頻度

④その単語の使われる文脈(フォーマリティの情報を含む)

⑤その単語の多義の構造(単語の意味の広がり)

⑥その単語の属する概念の意味ネットワークの知識

(『英語独習法』第5章より引用)

 

さて、日本語の単語でなんでも良いので思い浮かべてみてください。実は大抵の単語についてこの要素の全てを知っていることに気づきます。

 

 

これを磨いていくことが第二言語でも同様に自由に言葉を使えるようになる鍵となるわけです。

 

コーパスベースとしたツールとして本書で紹介されているものの一つにSkeLLがあります。

SkeLL

 

これは今まで知りませんでしたが、めちゃくちゃ使い勝手がいいです。

 

共起表現となる単語がざっと並び、例文もそれぞれについて多数見ることができます。また、関連するワードをざっとみることもできるので、単語ごとの違いを学ぶには十分役立ちます。

 

今までは以前紹介したCOCAを使っていましたが、ログインが必要だったり、個人の使用はアクセス回数に制限があるので、SkeLLの方が手軽で良いですね。 

medibook.hatenablog.com

 

こうしてコーパスを用いることでスキーマを磨いていくわけですが、その中で大事なのは母語との違いを「意識」して母語との単語間や第二言語の間での単語間を「比較」していくことです。具体的な要点については、本書中にまとめられています。

 

①自分が日本語スキーマを無意識に英語に当てはめていることを認識する。

②英語の単語の意味を文脈から考え、さらにコーパスで単語の意味範囲を調べて、日本語で対応する単語の意味範囲や構文と比較する。

③日本語と英語の単語の意味範囲や構文を比較することにより、日本語スキーマと食い違う、英語独自のスキーマを探すことを試みる。

スキーマのズレを意識しながらアウトプットの練習をする。構文のズレと単語の意味範囲のズレを両方意識し、英語のスキーマを自分で探索する。

⑤英語のスキーマを意識しながらアウトプットの練習を続ける。

(『英語独習法』第4章より引用)

 

ものすごく地道な作業になるわけですが、こうした言葉への深い理解は、言語の上達のためには欠かせないと思います。

 

実際のところ、日本語が得意な外国人の方と話してみると、本当に言葉一つ一つの理解が深いことを感じます。言葉の違いについても敏感で、ちょっとした表現でも何が違うのか具に聞いてくることが多い印象です。自分たちはむしろ無意識なので、説明しようとすると苦労しますが(笑)それぐらい意識をしっかり向けることが言語の上級者への道なのだと思います。 

 

リスニングにもスキーマが活きている

この辺の話を書くとリーディングやライティングだけに役立つ話なのではないかと思われがちですが、本書にも指摘されているようにリスニングにもこのスキーマは重要です。

 

なぜなら、言葉を聞くときも多くの場合は次の単語を予想しながら聴いているからです。

 

予想しなくたって日本語なら聞けるよー、と思いがちですが、日本語の例で考えてみても納得がいく話だと思います。

 

個人的にいつも全く聞き取れないのはMr. Childrenの歌ですね笑

正直歌詞見ないと何を言っているか分からない部分が多々あります。

 

歌の場合は大抵日常的な言葉と異なり、全然予想しない単語が出てくるので、まるで聞き取れないわけですね。「変声期みたいな吐息でイカせて」なんて普段の生活では絶対言いません笑そんなこという人がいたら多分、変態か変態のどちらかです。

 

スキーマの知識があれば次に来る表現や周りの単語から言葉を類推しやすくなるので、聞き取りも楽になると思われます。

 

こうした事情から、本書では動画などの音以外の背景知識がある程度あるものから始めた方が、周辺知識が多く、認知的な負荷を減らしてリスニングができるため、そうした方法を推奨しています。確かに経験したことのないアメリカのキャンパスライフを主題にしたリスニング問題などでは、そもそもどんなものか知らないので、単純な聞き取り以外の負荷が増え過ぎてしまいますね。

 

仕事で必要な中級者〜上級者向けの一冊

この本で紹介されている内容というのは仕事として英語を発信する必要のある人向けの、楽ではないけれど着実な方法論になっていると思います。

 

コーパス自体がそもそもある程度の英語能力がないと(使い方も英語ですし)分からないので、本当に英語を学びたての人がやる方法ではないですね。

 

ただ、ある程度の文法と単語を学び終えてからのステップアップには確実につながるやり方でしょう。ここでは紹介しきれてませんが、具体的にどうやってコーパスを使って学ぶのかを実践編として本の後半で、実例の単語を並べながら説明しています。

 

自分の英語力も学生時代のまま止まっているので、今後またこの本のやり方を参考にしてぜひ勉強したいと思います。とりあえず、統計検定と専門医試験が終わってからにしますけどね(汗

 

参考文献、おすすめ本・サイト

*1『言語はどのように学ばれるか』

『外国語学習に成功する人、しない人』 

こちらは第二言語習得論について学術的に得られた知識を一般向けに描いた本です。本書のような具体的な方法論はそこまで充実してませんがおすすめです。

ポリグロットライフ | 言語まなび∞ラボ

こちらのブログは先程のスキーマのことも含めて、言語学習について方法論をまとめており、内容も充実されてますのでおすすめです。