脳内ライブラリアン

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イマヌエル・カントの思想②

前回に続いてイマヌエル・カントについて。「カント入門 石川文康著」を中心に要約します。

 

カントってどんな人

カントは1724年生まれ、前回みていたアダム・スミスとちょうど1歳違いですね。関連はあまりありませんが、アダム・スミスと仲の良かったデイヴィッド・ヒュームの影響を受けている部分はあるようです。

 

現在はロシア連邦内にあるケーニヒスベルクで生まれ、80歳で同じ都市で亡くなっています。生まれたところからほとんど離れていません。そして、これといったドラマチックなエピソードもありません。

 

よくエピソードとして出されるのは前回も書いた「町の人がカントの散歩の時間をみて時計を合わせた」ということや「その散歩もルソーの『エミール』を読みふけったときだけ時間がずれてしまった」という話あたりです。死ぬときに「これでよし」と言って亡くなったというエピソードも高校時代に資料集で読んだ気がします。なんというか真面目できっちりした印象を受けます。

 

父は馬具職人で両親は敬虔なプロテスタントだったようで、きっちりした真面目な子どもが育ちそうなお家柄です。

 

16歳でケーニヒスベルク大学に入学し、31歳で大学の講師になりました。形而上学、論理学、倫理学法律学、地理学、人類学などを教えています。幅広いなと思いますが、これが当時はそういうものだったのかどうかよくわかりません。ただ、『自然地理学』など哲学以外の本も出していることからきっと多彩だったのでしょう。なんと日本の「出島」「踏み絵」のことなども書いてあったそうです。驚きです。

 

その後、57歳のころに3批判書と呼ばれる本の初めである『純粋理性批判』を発表します。続いて『実践理性批判』『判断力批判』と書き上げていきます。

 

そこで、まずこの『純粋理性批判』とは理性をどう批判したのか、から入っていきます。

 

理性の批判ってなんだ

理性の限界を論じることがカントの考え方の礎になっていると思われるので、まずここからまとめてみます。

 

当時の哲学の考え方には大陸合理論 VS イギリス経験論の構図がありました。大陸合理論は物事を理屈で考えていった結果、なんでも数学的に証明しちゃうライプニッツに行き着き、イギリス経験論は確実な証拠を求めるあまり、何も知として認められないヒュームの懐疑論に考えがいってしまったようです。そこでカントはその両極端の間に入ります。

これら二つの理論は反対のことを言っているのですが、果たしてそもそも人間の「理性」がそれに答えを出すことができるのか。根本から問い直します。

 

哲学では形而上学的な問い(実際に経験できないこと)を探求します。その問いに対しての理性の出す解答は矛盾(二律背反=アンチノミーと言われる)してきます。そこに理性の限界を見出すのがカントの考え方の基礎なようです。この時点でよく意味が分からないと思うので具体的な例を出します。

 

第一アンチノミー

簡単に言えば、ある問いに対して理性的に解答すると矛盾が生じる=理性の限界、というのを見極めるわけです。

 

その問いとしてカントが挙げたものに第一から第四の4つのアンチノミーがあるのですが、とりあえず一と三に内容を絞ります。まずは一から。

 

第一アンチノミーは時間と空間に関する哲学らしい問いです。

テーゼ(命題):世界は空間・時間的に始まりを有する

アンチテーゼ(命題の反対):世界は空間・時間的に無限である

 

こんなん定言命法とか道徳とどう関係してくるねん、と最初本を読んだ時には思ったのですが、意外にも後から関係してくるんです。

 

この問いを理性を用いて解答するとどうなるか。

 

テーゼは世界に始まりがあるとしている。すると始まりの前には何もない時間と空間があったことになるが、全く何もない時間と空間からは何も生まれてくるはずがない。よって「偽」。

アンチテーゼは世界に始まりはなく時間空間は無限に広がっていると考える。すると現在という完結した時点を想定できない。よって「偽」。

 

どっちも「偽」となりました。ということはどういうことか。

 

こうした命題においてどっちも偽になる場合、前提が間違っているということにカントは気づきました。

 

分かりやすくするために、カントは具体的な例を出しています。

 

テーゼ:「四角い円はまるい」

アンチテーゼ:「四角い円はまるくない」

 

これはどうでしょうか。テーゼは「四角い」と言っているので偽だし、アンチテーゼは円と言っているのだから「まるい」はずで偽??どちらも偽と言ってもいいかもしれませんが何がおかしいかと言えば、「四角い円」という前提がおかしい

 

これと同様に第一アンチノミーの場合も、前提がおかしいとカントは考えました。つまり、前提条件として世界全体を時間や空間を通して認識できるというのが間違いで、時間と空間というのはあくまで主観的なものであって、世界全体を客観的に見るものではない、ということを示しました。

 

物自体と英知界

この考えをさらに拡張していくのがカントの面白いところです。カントは我々は空間と時間という眼鏡を通して世の中をみており、それを通してのみ物事を認識できると考えます。そして、空間と時間のおよばない客観性のある存在を「物自体」と呼びました。プラトンの「イデア論」に近い気がしますね。さらに空間・時間によって成り立つ世界のことを「感性界」、空間や時間から解放された世界を「英知界」と呼びました。

 

定言命法なんて分かりやすい指示からどんどん離れていく気がしますが、そのうち戻ってきます。今回と同様に二律背反を指摘する、第三アンチノミーの話に次回は移ります。

イマヌエル・カントの思想①

哲学について素人が学んでみるシリーズです。

さて、前回アダム・スミスについて学んでみましたが、次は同時代ながら関連はあまりないカントについて本を読んでまとめてみます。

 Index


カントについて高校時代の知識で学んだことと言えば、「定言命法(条件付きではなく〜せよ、という命令が道徳的に良い)」と「純粋理性批判」など3大批判書を書いたことや毎日決まった時間に散歩に出かけて街の人がそれをみて時計を合わせた、というくらい厳格な人だった、というエピソードくらいです。

 
当時の高校の倫理学の先生は

「カントは読んでみたけどさっぱり分からん!」

と言っていたのでそれ以上には分かることもありませんでした。

 
何故カントが現在も振り返られるくらい大きな影響を与えているのか。そこを少しでも理解してみようと思います。


マイケル・サンデルもオススメ?


マイケル・サンデルといえば、正義論の講義で少し前に日本でも話題になりました。代表的な本である「これからの『正義』の話をしよう」では章ごとまるまる使ってカントの思想について好意的に触れられています。

 

カントの哲学は難解だ。しかし怖じ気づく必要はない。挑む価値はある。報酬はけた外れに大きい。(「これからの『正義』の話をしよう」第5章より引用)


ベタ褒めですね。そんなにも有益であるということなんでしょうか。さらに文章は次のように続きます。


『道徳形而上学原論』は、ある大きな問いを投げかけている。道徳の最高原理とは何かだ。そしてこの問いに答える過程で、同書はもう一つのきわめて重要な問いを提示する。自由とは何かだ。(同上)

 


道徳の最高原理と来ました。
そこまで大きな話をされると気になってくるところです。また、以下のような記述もあります。

 
道徳とは幸福やその他の目的を最大化するためのものでなく、人格そのものを究極目的として尊重することだと論じ、功利主義を徹底的に批判した。(同上)

 
功利主義というのは様々な形をとるものの、ここでいうのは、いわゆる「最大多数の最大幸福」と言われるジェレミーベンサムが挙げた古典的な功利主義のことです。単純な原理ですが納得しやすいだけに意外と否定するのが難しい。

 
医学を例にすると、限られた医療資源を分配するときにできるだけ多くの人が救われれば、少数を犠牲にすることを厭わない、という考えが簡単には許されないのか。「個人」というのをそこまで尊重する理由は何なのか、それを明らかにしようとしたのがカントです。

 
定言命法がなぜ道徳的に良いとされるのか


先ほど挙げた「条件にかかわらずやった方がいいと思われることはやる」という定言命法。例として「嘘をつかない」ということがよく挙げられます。それを守る根拠は何か。また、個人を重要視する根拠は何なのか。ここを中心に本を読んだことからまとめていきたいと思います。

 
なので主には

1、根拠となる純粋理性批判とは

2、定言命法がなぜ良いのか

3、個人の尊重と自由がなぜ重要視されるか

についてのカントの主張をまとめてみます。

 
難しいのは確かで、あまり手を広げて本を読めるようなものではなかったので、主に「カント入門」を要約しています。「入門」と言いながら入門ですら難しかったので「これからの『正義』の話をしよう」や小説ながら哲学の話を分かりやすくまとめ上げた「ソフィーの世界」と超簡易まとめ本である「大学4年間の哲学が10時間でざっと学べる」もちらちら見たりしてみました。

続きは次の記事で。

 

カント入門 (ちくま新書)

カント入門 (ちくま新書)

 

 

ガンマ関数とベータ関数の関係性を整理【統計検定1級対策】

通勤時間で色々本は読むのですが、いかんせんブログを書く時間が作れません。

 

今日はとりあえずさっとできそうなことで、引き続き統計の勉強内容を書きます。

 

ガンマ関数とベータ関数は統計のみならず、必要となってくる内容らしいですが、統計学ではガンマ分布、ベータ分布とそれぞれの関数を使った確率分布があるので、同じく必要です。

 

二つの関数の関連について式を書いて整理してみます。

 

ガンマ関数とベータ関数の関係式

定義の確認ですがガンマ関数は

\Gamma(a)=\int_{0}^{\infty}x^{a-1}e^{-x}dx

でした。

 

階乗の一般化と呼ばれ\Gamma(a+1)=a!が成り立ちます。

 

ベータ関数は

B(a,b)=\int_{0}^{1}x^{a-1}(1-x)^{b-1}dx

でした。

 

二つの関数の関係式は以下です。

B(a,b)=\frac{\Gamma(a)\Gamma(b)}{\Gamma(a+b)}

 

今回はこの証明をやろうと思います。

 

ガンマ関数とベータ関数の関係式の証明

 

証明でポイントとなるのは極座標変換と平方変換です。まず、関係式の右辺の分子であるガンマ関数の積を平方変換します。

 


\Gamma(a)\Gamma(b)=\int_{0}^{infty}x^{a-1}e^{-x}dx\int_{0}^{infty}y^{b-1}e^{-y}du

 


これをx=t^2,y=u^2とおくと

dx=2tdt,dy=2uduであり、積分区間は変わらないので

 


\Gamma(a)\Gamma(b)=\int_{0}^{\infty}t^{2a-2}e^{-t^2}2tdt\int_{0}^{\infty}u^{2b-2}e^{-u^2}2udu\\=4\int_{0}^{\infty}t^{2a-1}e^{-t^2}dt\int_{0}^{\infty}u^{2b-1}e^{-u^2}du

 


ここでt=rcos\theta,u=rsin\theta極座標変換をします。

ヤコビアンはrとなることから

dtdu=rdrd\thetaなので


4\int_{0}^{\infty}t^{2a-1}e^{-t^2}dt\int_{0}^{\infty}u^{2b-1}e^{-u^2}du\\=4\int_{0}^{\infty}\int_{0}^{\infty}t^{2a-1}u^{2b-1}e^{-t^2-u^2}dtdu\\=4\int_{0}^{\frac{2}{\pi}}\int_{0}^{\infty}cos\theta^{2a-1}sin\theta^{2b-1}r^{2(a+b)-1}e^{-r^2}drd\theta\\=4\int_{0}^{\infty}r^{2(a+b)-2}e^{-r^2}dr\int_{0}^{\frac{2}{\pi}}cos\theta^{2a-1}sin\theta^{2b-1}d\theta\\=2\Gamma(a+b)\int_{0}^{\frac{2}{\pi}}cos\theta^{2a-1}sin\theta^{2b-1}d\theta

 4個目から5個目の式の変換はr^2=s,  2dr=dsとして平方変換を戻してます。

 

かなりもとの式に近づいてきました。

あとは2\int_{0}^{\frac{2}{\pi}}cos\theta^{2a-1}sin\theta^{2b-1}d\theta=B(a,b)が証明できれば完了です。

 三角関数からもとの数字に戻せば良さそうなので

cos\theta^2=x,  2cos\theta sin\theta d\theta=dxとおいてみると

 

2\int_{0}^{\frac{2}{\pi}}cos\theta^{2a}sin\theta^{2b}2cos\theta sin\theta d\theta\\=B(a,b)=\int_{0}^{1}x^{a-1}(1-x)^{b-1}dxとなります。

 

これで関係式が証明できました。平方変換、極座標変換のいい練習になりますね。

 

ベータ関数とベータ分布は全然深く勉強しておらず、ベイズ推定も避けてきてるのでこれから是非やろうかなと思います。

 

統計数理で使うマクローリン展開・テイラー展開を再確認してみた

さて、ほとんどの地域で警戒宣言も解除され、徐々に普段の生活に戻りつつある今日この頃ですが、我が家は第二子が生まれたこともあって、最近はひたすら三食の準備と家事と上の子の散歩に日々追われております。

 

今日はなんと上の子が夕方ごろに急に寝てしまったので、久々の更新。(と思ったら夜書いている途中に起きてきて「おなかすいた、、、」と結局中断。そりゃお腹すくよね。)

 

あまりに集中して何かに取り組む時間が取れないので、現実逃避気味でしたが、そろそろ統計検定1級に向けた勉強を再開したいと思います。

 

統計数理の問題を解いていると時折マクローリン展開を使う問題や証明に出会うのですが、時たま会う、というくらいでイマイチ使い方を忘れがちです。そこで、マクローリン展開を使う証明についていくつか復習してみたいと思います。

 

マクローリン展開とは

一言でいえば関数f(x)の近似式です。とても簡単で扱いやすいため色々な証明や問題を解くのに使われます。

 

式としては

f(x)=f(0)+f'(0)x+\frac{f''(0)}{2!}x^2+\frac{f'''(0)}{3!}x^3+…

と続きます。

 

この証明や簡単な例については分かりやすいサイトが多数あるので割愛します。

 

以下、いつも通り「現代統計数理学の基礎」を参考にして、一部詳細加えつつ、マクローリン展開の統計数理学での活用事例をみていきます。

 

活用例1:負の二項分布

成功確率をpとするベルヌーイ分布(成功か失敗しかない試行)についてr回成功するまでに要した失敗xの数がとる分布を「負の二項分布」と呼びます。

 

分布を表す式としては

P(X=x)=_{r+x-1}C_xp^r(1-p)^x

です。

 

この分布の確率母関数やモーメント母関数を表すのにマクローリン展開が使われます。ネット上でこれらの導出方法を調べると、「負の二項分布の全確率が1になる」ことを利用したものもありますが、「負の二項分布の全確率が1になる」ということ自体、マクローリン展開で証明したりしているので、結局はマクローリン展開は絡まざるを得ないとは思います。

 

ということで負の二項分布の全確率が1になることを証明します。

成功する確率pに対して、失敗する確率をqとすると

1-q=pとなります。

マクローリン展開を使って

\frac{1}{1-q}を考えると

f(q)=\frac{1}{1-q}, f'(q)=\frac{1}{(1-q)^2}, f''(q)=\frac{2}{(1-q)^3}, f'''(q)=\frac{2・3}{(1-q)^4}となっていくので、それぞれ0を代入して

 

\frac{1}{1-q}=1+q^2+q^3+q^4+…=\sum_{k=0}^\infty q^kとなります。

ちょうどマクローリン展開で出てくる分母の階乗が、微分で出てくる階乗にキャンセルされる形となるんですね。

 

この式はちなみに高校で習う無限等比級数の和の公式の逆となっていることが分かります。初項aで比rの等比数列の和が\frac{a}{1-r}というやつですね。

 

あとはちょっとテクニカルですが、これを両辺でqに関して微分していくと

\frac{1}{(1-q)^2}=\sum_{k=0}^\infty kq^{k-1}=\sum_{k=1}^\infty kq^{k-1}(k=0の項は0になるため)=\sum_{k=0}^\infty (k+1)q^{k}となります。

これをr-1回繰り返せば最終的な目標の式に近づきます。

\frac{(r-1)!}{(1-q)^r}=\sum_{k=0}^\infty (k+r-1)…(k+1)q^{k}

よって

1=\sum_{k=0}^\infty\frac{(k+r-1)…(k+1)q^{k}(1-q)^r}{(r-1)!}

となりkをxに、qを1-pに直し、(x+r-1)…(x+1)=\frac{(x+r-1)!}{x!}であることを使えば

1=\sum_{k=0}^\infty\frac{(x+r-1)…(x+1)(1-p)^{x}p^r}{x!(r-1)!}となり証明できました。

 

活用例2:スターリングの公式

ガンマ関数の近似を得るための公式です。kが十分に大きいとき、以下の近似式が成り立ちます。

\Gamma(k+a)\approx\sqrt{2\pi}k^{k+a-\frac{1}{2}}e^{-k}

また、ガンマ関数は階乗の一般化(整数n以外に拡張したもの)なので、上記の式に

a=1を代入することで

\Gamma(k+1)=k!\approx\sqrt{2\pi}k^{k+\frac{1}{2}}e^{-k}

となります。

 

証明も色々あるようですが、参考文献のやり方に従ってやってみます。

まずガンマ関数の定義に従うと

\Gamma(k+a)=\int_{0}^{\infty}x^{k+a-1}e^xdx

ここでx=k+\sqrt kzと変数zに変換します。

dx=\sqrt kdzなので

\Gamma(k+a)=\int_{-\sqrt k}^{\infty}(k+\sqrt kz)^{k+a-1}e^{-k-\sqrt kz}\sqrt kdz

変数z以外の部分を外にくくりだします。

k^{k+a-\frac{1}{2}}e^{-k}\int_{-\sqrt k}^{\infty}(1+\frac{z}{\sqrt k})^{k+a-1}e^{-\sqrt kz}dz

 

ここでようやくマクローリン展開を使うことになりますが

積分の中身について使用します。

log(1+\frac{z}{\sqrt k})=0+1・\frac{z}{\sqrt k}-\frac{1}{2!}(\frac{z}{\sqrt k})^2+…となります。「kが十分に大きい」という仮定があるので、分母にkが出てくるものはすべて無視されます。

よって、近似したときに積分の中身に戻したときに残るのはexp\{-\frac{z^2}{2}\}のみとなります。

 

最初の式に戻ると

k^{k+a-\frac{1}{2}}e^{-k}\int_{-\sqrt k}^{\infty}exp\{-\frac{z^2}{2}\}dz

-kは十分に大きいのでガウス積分と同様になって

=k^{k+a-\frac{1}{2}}e^{-k}\sqrt {2\pi}となります。

 

活用例3:デルタ法

確率変数Xの期待値E[X]は分かるけれど、Xを変数変換したY=g(X)の期待値E[g(X)]が求めにくい場合などに用いられる近似式です。これはマクローリン展開ではなくテイラー展開ですが。

E[X]=\muとして\mu周りのテイラー展開をすると

g(X)\approx g(\mu)+(x-\mu)g'(\mu)+\frac{1}{2}(x-\mu)^2g''(\mu)…

となります。

 

これを利用して分散の場合は二次まで近似して

V(Y)\\=V(g(X))\\\approx V(g(\mu))+V(X-\mu)g'(\mu)\\=V(g(\mu))+\{g'(\mu)\}^2V(X)-\{g'(\mu)\}^2V(\mu)

 

ここで定数の分散は0であることからV(g(\mu))=0, V(\mu)=0なので

V(Y)\approx\{g'(\mu)\}^2V(X)と近似できます。

 

また同様に平均の場合

E[g(X)]\approx E[(x-\mu)] E[g(\mu)]+g'(\mu)E[(x-\mu)]+\frac{1}{2}g''(\mu)E[(x-\mu)^2\

 

ここで期待値の性質から定数はそのままになりXの期待値はμなので

E[g(\mu)]=g(\mu), E[(x-\mu)]=0 

 

よって

E[g(X)]\approx g(\mu)+\frac{1}{2}g''(\mu)V(X)

と近似できます。

教育の奥深すぎる底が垣間見える「幼児教育の経済学」

以前に読んだ「学力の経済学」でもよく取り上げられていた、ノーベル経済学賞受賞者でもあるジェームズ・J・ヘックマンの著作である「幼児教育の経済学」を読んでみたので紹介します。

 

 

幼児教育の経済学

幼児教育の経済学

 

 

 

前回の記事はこちら

日本の教育に対する著者のため息が聞こえてくる「学力の経済学」 - 脳内ライブラリアン

 

ジェームズ・J・ヘックマンの研究

本書は3つの内容から構成されており、①ヘックマンの研究②専門家からの反論③ヘックマンの再反論という順番となっています。

 

 

ヘックマンの主な研究は「学力の経済学」の記事で述べたペリー就学前プロジェクトともうひとつアベセダリアンプロジェクトというものがあります。

 

アベセダリアンプロジェクトは1972年-1977年に出生したリスク指数の高い家庭の恵まれない子ども111人を対象にし、実験開始時の対象者の平均年齢はなんと生後4.4カ月だったようです。

 

介入の仕方がまた手間が大変かかっており、子ども3人あたり1人の教師が担当となって、家庭学習の進め方や勉強のカリキュラム作成、親の仕事探しの手伝いやら子どもの送迎やら育児のみならず親の補助までやっていたようです。この毎日の介入は5年間続けられました。

 

結果としては30歳時点までフォローされており、介入群はより学習面でも生活面でも良い成果を上げ続けました。(詳細は本書中にはあまり書いてありませんでした)

 

このヘックマンの研究結果からの主張は冒頭で述べられており、以下の3つになります。

1、人生における成功は認知的スキルのみでは決まらず、非認知的な要素、つまり、根気強さ、注意深さ、意欲、自身といった社会的・情動的性質が重要

2、認知的スキルも非認知的スキルも幼少期に発達し、家庭環境に左右される

3、幼少期の介入の効果は永続的であるため、幼少期の教育に力を注ぐ公共政策によって問題が改善できる

 

要するに、幼少期教育の効果は永続的であり、効果も高いので、あとから何かを再分配するやり方よりもはじめにやっておいたほうが効率がいいよ、ってことですかね。

 

反論

本書が面白いのは中間部分に教育や経済学、哲学などの専門家から浴びせられるヘックマンへの反論です。概ね幼少期の教育が良いことは認めながらも皆さん批判をしっかりしてきます。

 

挙げられていることの例としては

・家庭環境を重視しすぎているが他にも学校など子どもが関わる人はいるの

・父親の役割に触れていない

・小規模研究に過ぎず、実際の大規模研究では幼少時介入の結果が出ていない

・思春期からの介入ももう少し考えた方がよいのではないか

・幼少期の教育の仕方によっては白人中流階級の考え/習慣の押し付けになるのではないか

などなど。

 

これに対する再反論を最後の章で展開していきますが、この本でわかりにくいのは反論も再反論もページがそこまで多くないので、これだけを読んでいてもどちらが説得力があるのか判断しにくい点です。元論文読めっていう話なんでしょうが、さすがに一般向けの書籍とするならちょっとそこまで要求するのは厳しいですね。雰囲気はつかめるんですが。

 

ただ、反論している側の論点をみていると、「確かに」と納得できることも多く、わずかながらの実験やデータではわからないことが多数あることに気づかされます。いかに良い教育というものが評価しにくく、難しい問いであるか、を実感させられます。

 

タイトルとの乖離

読み終えてみて思ったのは「幼児教育の経済学」というともっと幼児教育についての経済的なデータを紹介しつつ論じていく本かと思っていました。むしろ幼児の教育についてどうすべきかを経済のみでなく総合的に議論した本という印象でした。確認してみたところ、原題は"Giving Kids a Fair Chance(拙訳:こどもに公平な機会を与える)"でした。こっちのほうがしっくりくるじゃん!タイトル詐欺じゃん!と思いました。出版的には日本語で売れるタイトルにしたかったのかわかりませんが、今後訳書を買うときは原題もチェックしようと思った次第です。

最も気さくな行動経済学本「予想どおりに不合理」

以前に読んだ「学力の経済学」で著者がダン・アリエリーの本に強く影響を受けた、と書き出しに書いてあったので、調べて本買ってみました。

 

これが読んだらまた面白かったので、3冊ほど同じ著者の作品を買ってしまいました。今回紹介するのは著者の中でもベストセラーとなっている「予測どおりに不合理」です。

 

 

 

行動経済学とはwikipediaによると

行動経済学(こうどうけいざいがく、英: behavioral economics)とは、経済学の数学モデルに心理学的に観察された事実を取り入れていく研究手法である。(日本版wikipedia

 と書かれています。

 

経済学というともともとは人間を合理的な考え方をするもの、として確率計算・利益計算をしっかりこなして自らがプラス収支となるように、選択をしていく前提で考えられていた学問ですが、実際人間には多くの「心理的にとりやすい傾向」があり、それを踏まえて経済学を捉えなおしたのが行動経済学だと思っています。

 

今回紹介する本は行動経済学の本でありながら、ユニークな実験が多く、文体も面白かったのでぜひおすすめしたいと思います。

 

ダン・アリエリーってどんな人?

 イスラエルアメリカ人でデューク大学で現在も教鞭をとっているようです。

 

18歳の時、事故で体の70%に火傷を負い、その後治療中、全身を覆うスパイダーマンのスーツのようなもの(本人談)を着て生活する中で、「以前は自分にとってあたりまえだった日々の行動を、第三者のように外から観察するようになった」ようです。

 

その意識を前提として日常の事柄を改めて見直し、行動経済学者として人間の不合理的な考え方を数々の実験で立証しています。

 

例えば、ネタとして面白い発見に与えられるイグ・ノーベル賞を「高価なプラセボは、安価なプラセボよりも効果が高い」という発見で受賞しています。これも高価な健康食品に沢山の人が群がっていることを思うと、なかなか面白い実験です。実際そのほうが効果もあるように感じられるでしょう。

 

日常に応用の効く面白すぎる実験たち

本書では数々の実験と、その結果の日常への応用が紹介されています。

 

例をひとつ挙げてみましょう。

 

<エイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンの実験>

本書の内容を値段がわかりやすいように円に直して例示してみます。

 

2500円の万年筆を買おうと思ったとします。15分歩いて別の店に行けば、セールで同じ万年筆が1800円で手に入ります。このときあなたは別の店に行くでしょうか?

 

もう一つの質問です。

 

45500円するグレーの縦縞の高級スーツを買おうと思ったとします。15分歩いて別の店に行くと、少し値引きをされていて44800円で売っているようです。このときあなたは別の店に行きますか?

 

さて、一つ目の質問で「行く」と答えた人も(それも行かないほどお金に余裕のある人はさておき)二つ目の質問では「行かない」と答えたのではないでしょうか。同じ15分=700円という換算なのに違いが出るのはなぜでしょうか。

 

前述したように「人間が合理的に考える(=もともとの経済学の視点)」のであれば、同じ行動をとるはずです。こうならない理由を、理論にしていくのが行動経済学です。今回の例であれば「相対性」が問題となります。価格が低いもの(万年筆)に対して、値引きの700円は相対的にみて大きくなりますが、価格が高いもの(スーツ)に対して値引きの700円は相対的にかなり小さくなります。そのため値引きの効果を小さく感じ、わざわざ歩いて他の店に行かなくなったわけです。

 

例えばこれは家電製品や家具、もっと大きいもので言えば、車・家を買う時はよくわかると思います。家電製品や家具のオプションでひとつ数千円単位かかるものや長期保証も何千円というものがありますが、それ単体で考えたときに買おうと思わないものでも高価な商品を買ったあとだと追加で支払ってしまう場合があります。車・家についてはもっとその効果が大きく、オプションは何万~何十万円単位でかかる場合がありますが、これも単体であればもっと悩むのに(例えば購入した後にあとでオプションをつける場合)その場で考えると、ぱっとつけてしまうときがあります。これは購入しようとしたものがあまりに高価なのでオプションが相対的にみて小さくみえるから、ということに他なりません。

 

さらに面白いことには、これはモノと値段の関係だけでなく人の評価でも応用ができます。この「相対性」の特徴として比較されるものがある場合に優劣が際立つ、という特徴があります。本書で例として出されているのは、海外で周りの人をあまり知らない状態で自分と同じ国の人に会ったときに、すごく気が合うように思える(周りの海外の人と比べて相対的に気が合うはず)のに、自国に帰って会ってみるとそうでもなかった(自国にはもっと気が合う人がいっぱいいるので相対的にはそうでもない)と思える例を挙げています。人間は「参照点」をもって比較することで物事・人を評価するため、その「参照点」次第で評価が変わるという例となっています。

 

意味を考え直す点で哲学に近い

上記のような面白い実験や研究結果が盛りだくさんですが、中でも笑えるのは「マスターベーションしながら質問に答えた場合に倫理的な考えは変わるのかどうか(性的衝動が考えをどれだけ変えてしまうのかHIVの感染予防を考えるうえで重要というまじめな目的)」という実験でカリフォルニア大学バークレー校の男子学生を使ったもの。実験するうえで許可をとるのが大変だったそうです(笑)。日本でやったらすごい叩かれそうですね。

 

TED conferenceでも著者が話していますが、この本を通じてみえてくるのは、「何が人を動かすのか」というテーマ。自分たちが当然だと思っている事柄を「なぜそう動かされるのか」改めて捉えなおすという意味では究極的には哲学的な学問だな、と感じます。思った以上に不合理なことにあふれている自分たちの行動や生活に気づかされる一冊で、日々の生活で行う様々な選択だけでなく医療も含めてかなりの幅に応用ができそうな内容でした。

 

TED conferenceは一流のスピーカーが広めたいアイディアをもとにプレゼンするもので、著者はいくつもここで講演していますが、ついでにひとつ貼っておきます。

 

www.ted.com

コロナウイルスの抗体検査で今後注目したいこと・注意したいこと

昨日のニュースでコロナウイルスの感染状況把握のため、抗体検査を1万人規模で実施していくという報道がされました。

 

www3.nhk.or.jp

 

感染状況の把握には役立つと思うのですが、数値の解釈や抗体検査そのものについて知っておきたいこと、注目するべき点を普通の医師でわかるレベルで、以下の項目に分けてちょっと考えてみようと思います。

 

 

①誰を対象とするか

 

まず対象者を誰にするのか。

 

今回の検査は住民の中から1万人規模で選出して行う、とされています。完全にランダムなのかどうかまではまだよくわかりません。

 

住民全てを検査する、というのは当然不可能なので、一部の人を抽出して検査を行い、全体の抗体陽性率を推測するわけです。これは推測統計学の基本ですが住民全体を母集団と言い、検査対象を標本と言います。 以下が推測の流れです。

 

母集団→標本抽出

 

標本の結果→母集団の推定

 

つまり、もともとどこを対象にするかで推定できる母集団が変わります。今回の場合、対象者をどこから選別してくるかによるので、例えば対象者を20-50歳代としたら推測できるのはその年齢層の抗体陽性率になるわけです。現在かなり厳重に出入りを管理している老人保健施設の方や感染リスクの高い医療関係者、外出自粛を守りやすい高齢者層などどこをどう含むかで結構抗体の陽性率にはばらつきが出ることが予想されます。

 

そもそも病気などで自宅から出られない人や施設で外出が制限される人は除外されるでしょうし、母集団は本当の意味でのすべての住民にはならないと思われます。どこまでに絞るかがまず注目されるところです。

 

②結果をどう解釈するか

次に出た結果の解釈ですが、ウイルスと抗体の特徴については以前の記事でまとめられた論文を紹介しました。

SARS-CoV-2のPCRと抗体検査について - 脳内ライブラリアン

 

PCRは発症早期から比較的陽性となる検査ですが、抗体というのはウイルスに感染したときに体が作り出す免疫の機能をもったタンパク質のことを言います。

 

感染→抗体産生→回復、という流れであるため、陽性になるまでには感染から時間がかかるのが特徴です。IgM抗体というのはその中でも比較的早期に産生されるものですが、長期には続きません。IgG抗体というのはIgMより遅いですが、長期間持続します。

 

元の論文からFigureだけでもみてみるとイメージがつかみやすいです。

紫の点線がIgM抗体の産生推移、緑の点線がIgG抗体の産生推移です。

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2765837

 

ここで注意が必要なのは「既感染=抗体陽性」とも言い切れず、「感染性がある=抗体陽性」とも言い切れず、「抗体陽性=感染しない」とも言い切れないということです。

 

大本から考えてみると今回の疫学調査で知りたいことって何でしょうか。

 

感染性のあるコロナウイルス感染者がどのくらい街中にうようよしているのか。また、すでに感染して免疫が成り立っているため、かからない人がどのくらいいるのか、ではないでしょうか。

 

これを知ろうと思うと抗体陽性というだけでは推測できない要素がいくつもあることに気づきます。

 

まず抗体はどれぐらいつくのか?

基本的に感染後の抗体は他の疾患でもそうですが100%つくとは言えません。特に免疫機能が落ちている人などではつかないこともあります。

 

次に、いつまでつくのか?

先ほどの論文のfigureをみてもわかりますが、緑の点線も徐々に下がっているのが分かりますでしょうか。抗体は永続的ではありません。

 

つまり、上の二つの理由から「既感染=抗体陽性」は完全にイコールではありません。ただ、何%くらいが感染したら陽性になり、どのくらいの日数で抗体がなくなるのかが例えば他のウイルスの感染の場合(インフルなど)で推測できれば良いのかと思われます。

 

続いて抗体陽性と感染性との関連はどうか?

抗体陽性になっている人というのはある程度日数が経過しています。検査するのはさすがにおそらく健常者でしょうから、基本的には感染から時間が経っており感染性はないものと考えられます。市中にどのくらい感染性がある人がいるかは今回の検査ではわからないと思われます。

 

そして、抗体陽性は感染しないのかどうか?

抗体陽性であれば当然再感染はしにくいと思われますが、実際のところどこまで感染しないのかはわかりません。ここはかなり難しい問題で、インフルエンザのように変異したりするようなら特に大きな問題となります。

 

③結果をどう伝えるか

上述の通り、今回の検査では母集団の問題、抗体陽性と既感染の相関度合、再感染と抗体陽性の相関度合と推測しなければいけないデータが多く含まれます。すでに明らかとなっているデータが出ていれば教えていただきたいのですが、おそらく大規模研究でこれを正確に出しているところはないと思いますので、推測する要素が増えれば増えるほど結果の解釈にはずれが生じていきます。

 

最終的な結果をどう伝えるかが国民の行動に影響を大きく与えます。普通に生活している人にとって数字の解釈は難しい問題で、例えば10000人に1人が抗体陽性だった、と言われて、「10000人に1人なら自分とはまず関係しないでしょ」と自己解釈することは危険です。それぞれ推測すべき部分を加味したうえで、その結果を専門家が解釈したものを聞くべきだと思いますので、数値だけをとらえることはぜひ避けてほしいです。