”仕事に追われる”のではなく”仕事を追う”ようになる本「なぜ、あなたの仕事は終わらないのか」
仕事を締め切りに間に合わせる、って単純な目標ですが意外とうまくいかないことも多いです。時間の節約術を説いた本は数多くありますが、シンプルな方法でお勧めしたいのはこの一冊です。
半年以上前にオーディオブックで読んだ本なのですが、いまだに時々聞き返すほど気に入ってます。
仕事が終わらないAくんの例
著者はもともとマイクロソフトでプログラマーとして海外勤務していました。 Windows 95の製作に携わり、普段みんなも使っている「右クリック」「ドラッグ&ドロップ」の仕様を作ったのもこの方です。その後は、マイクロソフト離れ、自身のチームを作って仕事をしていたそうですが、そこでは力量はあるにもかかわらず、仕事を締め切りまでに終えられない人がいたとか。
そのA君は力は十分にあり、土日もきちんと休んで平日は真面目に仕事をこなしていたそうです。頼まれた仕事にも徹夜までして取り組むのですが、なぜだかうまく締め切りまでに終わりません。なぜなのか。
筆者はA君の時間の使い方に問題があると考えます。
スラックとトンネリング
筆者は仕事をするうえで、「スラック」をもつことと、「トンネリング」を避けることが重要だと考えます。
「スラック」というのはたるみ、ゆるみのことで、余裕をもつということです。A君の仕事がうまくいかないのは予め余裕をもっていないから、あとから間に合わなくなるということです。
数学のテストができる人を考えてみましょう(筆者がこの例を出すのが理系っぽい(笑))。数学が得意な人は問題全体に目をざっと通し、得点できるものと時間がかかるものをある程度見分けます。そして確実に得点できるものを早めに解き、難しい応用問題に時間を当てます。逆に自分のような数学が苦手だった人はどうか思い出してみると、全体をみる余裕がなく、得点できるのかどうか見分けうまくつけられない。結果どれも中途半端な出来になって点数が悪い。そんな結果になってしまいます。
仕事でも同様で最初に全体を俯瞰します。時間が読めないことも十分にあるので、締め切りを目標として均等に配分せず、早めにできるところの大部分を完成させられるように取り組みます。そうするとスラック(余裕)を持つことができます。スラックを持つことで避けられるのが「トンネリング」です。
「トンネリング」というのはトンネルの中に入り込むように周りが見えなくなる状況を指す心理学用語です。締め切り間際になると周りがみえず、締め切りが気になって仕事の効率も落ちます。普段しないミスがでたり、仕事自体の質も下がるわけです。これはないに越したことがありません。
また、早めに仕事全体に手をつけることで、場合によっては、締め切りまでに、そもそも時間が足りないことが分かることがあります。その時は予め上司に時間が足りないと思われる旨を申し出るのです。そうすればあとから締め切りを守れないよりは、時間の融通が多少効くようになったり、他のスケジュールを調整することもできるはずです。
どんな仕事も完璧にはできない
この「早めに仕事の大部分に」理論が推奨されるさらなる理由として、どんな仕事も完璧にはできない、ということがあります。 ひとつの仕事を形にしないとどこに欠点があるのか意外と分かりません。設計図をどれだけ緻密に書いても、作り上げられたものには何かしら問題があるはずです。大事なことは「まずはプロトタイプをつくり、イメージを作りあげること」。筆者がマイクロソフトで勤務中、ビル・ゲイツを含めた名だたる上司を説得する際に使ったのは、簡単な構造で一部のみを作り上げておいたプロトタイプを見せることでした。こうすることで実際の完成後のイメージや問題点を浮き彫りにすることができます。
人間の彫刻を作ろうというときに鼻とか目とか細かいところから作るひとはいない、と筆者は指摘します。詳細ではなく体全体を大まかに彫るところから始まるはずです。全体像をまずつくることが仕事においても必要です。
ロケットスタート時間術
筆者のこれらの考えを集約させたのが「ロケットスタート時間術」です。マリオカートのロケットスタートをなぞらえて名付けたそうです(笑)。何も細かな時間節約など特殊なものではなく、①見積もりを立てる②初めに8割方仕事を終わらせる、というものです。とにかく早めに仕事の大部分に手を付けることで、意外と時間がかかる部分を見つけ出し見積もりをきちんと立てられるようにすることがこの時間術の目的です。
要は締め切りよりも早めにやれよ、っていう単純な話なんですが、意外とこれをきちんとできる人は少なく1割に満たないと筆者は指摘します。夏休みの宿題を思い浮かべるとわかるのですが、確かに早く課題を終えていく人っているはいますけど、少数だと思います。本書では並行して仕事をする場合など細かな例も説明しています。ちなみに筆者は初めの8割を終えるために界王拳を使うつもりでやっているそうです。たとえがいちいち面白い。
これを読んでからというもの、論文執筆や症例発表、抄読会、日常業務(医師は意外と書類業務も多いので)の際にも意識してやっています。確かに余裕をつくる効果と意外と時間がかかる部分を見出すことができる点で精神的にも非常によく、仕事に追われるのではなく仕事を追う体勢に入れると前向きにさらにどんどん仕事に取り組むことができます。余裕があるので土日や仕事後はきちんと休めますし。単純ながら好循環に持ち込むことができる仕事術だと思います。
WEB・ブログのアクセス数を上げるライティング本「沈黙のwebライティング」
自分が勉強したことのうち、ネットにあまりまとめられていないこと、専門的過ぎて説明がわかりにくいものを少しずつ記事にして、自分の記憶への定着を進めるかつ、人の役に立てば、というのが当ブログの主旨のつもりでやっております。
そんな当ブログも最近ありがたいことに、ぼちぼちアクセスが上がってきました、、、が割と短期間でもっとアクセスが多いブログもいっぱいあるわけで、「羨ましいのう」と指をくわえてみております。
そこで、「アクセスを増やすブログの書き方」的な本を数冊読んでみましたが、中でもお勧めしたくなったのがこの本です。
見た目とタイトルから漂うイロモノ臭とは裏腹に、正統派かつ実践的かつ励ましになる一冊でした。
徹底的に読者と検索エンジン側に立つ
これは偏見なのですが帯に書いてるような「SEO対策」というと、たまーにwebを放浪していると出てくるキーワードだけをちりばめたような検索で引っかかるためだけの中身の全くないwebページが頭に浮かんでしまって、いいイメージを持っていませんでした。
しかしながら、これは全くの偏見で検索エンジンの性能向上を考えると、検索上位に出てくるページというのは確かに答えてほしい疑問にわかりやすく答えてくれるものがほとんどです。並々ならぬ努力がつまったページが多数あります。
ただ、ものによっては、検索者が答えてほしい問いと合致しないときもある。この本で大切にされていることのうち特に印象的だったのは、検索して(もしくはリンクから飛んで)やってくる読者が一体どんな背景でどんな問いを持っているのかを深く掘り下げろ、という点です。
本書中にはマインドマップを使って読者の疑問をとにかく抽出し、それに合わせた記事を書くことを説明しています。実際のマインドマップはこんな感じです。
(沈黙のwebライティングp.67より引用)
たったひとつの記事であっても膨大にアイディアが出されており、いかに読者について強く意識するかが重要視されています。
また、役立ちツールも所々で紹介されています。「Googleキーワードプランナー」は使ったことがなかったのですが、あるキーワードについて大まかな検索数と関連する検索ワード、さらに検索上位になるとどの程度収益が見込めるか(思わず食いつきたくなる)まで表示してくれます。
リサーチツールを使って適切なキーワードを選びましょう | Google 広告
Google広告に登録しないと使えないという面倒さはありますが、すでに色々google analyticsなども使っているのでそこまで大変さはありませんでした。
絵柄とかストーリーが濃すぎるゆえに伝わるモノ
表紙の通りの濃い絵柄と、アドベンチャーゲーム風に進んでいく暑苦しいストーリーがあり、「これ必要なのかな」と最初思ったのですが、「温泉旅館のwebサイトの予約を増やす」という一つの事例を通じて学べる点と巧みな例えが頭にしみ込んでくる点、さらにページ数が多いのですがさらさらと読めるところが優れていました。
先ほどの「読者を意識する」という話では、登場キャラのバンドが「ファン」を意識しないがゆえに人気が落ちていった様子が描かれます。自分の信じる個性を重視することと、相手を意識することは両立することは難しいものの、相手を意識しなければ伝えようとすること(webライティングも音楽も)に意味がなくなってしまう、ということを適切に伝えてくれています。割とネタまじりのストーリーなので人によっては合わない方もいるかもしれないですが、十分楽しめました。
自分のブログに立ち返る
で、自分のブログはどうなのか。この本を読んでから(?)アクセス数は有難いことに、それなりに上がっているもののまだまだ良い日でも100PV/日いかないくらいです。
Google analyticsをみても検索流入は1/3くらいで、その中でも検索キーワードが出てくるのはごく一部なので、いまいち読者層がつかめないとこです。もっと解析力を上げるべく、解析ツールの使い方は調べなおしてみたいところ。
前述のように、読者の視点にきちんと立つことSEO対策にもつながり、アクセス数upにつながります。そうした有用な記事はただ書きたいことを書けばよいというわけでなく、アクセス数の多いブログの方々は読者のことを考えて、努力されているんだなというのが身に染みました。
ちなみに当ブログでいまだに最も検索流入してくるのは2年前に書いた、大したことの書いていない「第二言語習得論 インプット仮説」の話(汗)。でも、この記事のもとになった本は第二言語の習得理論を科学的に書いていて、よくある英語勉強法の個人体験談に比べたらはるかに説得力があります。言語学も英語の学習も個人的に興味は惹かれる分野なので、そのうちまた掘り下げてみます。
他、読んだ類書も簡単に紹介。
当ブログもこのAmazonの商品紹介とかgoogle adsenseとかアフィリエイトは一部使ってます。ブログ書いて儲かるならそんな美味しいことないな、と思ってましたが、そこまで世の中甘くありませんでした(笑)。様々なテクニックの他、書く内容も当然ながら何でもいいわけではないですね。この本は「ブログ飯」(=ブログ収入で飯を食う)の本を書かれた方が最近出された本です。どちらかというとブログを始めようという段階で読む本で、今読むには、すでに知っていることが多かったです。ただ、これから始める人にはまず第一にお勧めしたい本です。
これは文章そのものの技術を上げるための本。ベストセラーとなった「嫌われる勇気」のライターさんが書いたものです。映画の編集になぞらえながら(それが全てではないのですが)文章を作り上げていく方法を解説していっており、映画好きとしてはツボでした。
月50万円稼ぐ!というのがパワーワードですが、これはWebで書く文章に強く焦点を当てたライティング本です。アドバイスにあまりに愚直に従うと、どちらかといえば、強く目を惹くだけのWebに典型的なあおり記事のようになってしまいそうで、ちょっと好みではなかったですが、記事を読んでもらえないことには始まらないので、これもまた大事なことだとは思います。
プロスペクト理論④-確率加重関数-【日常生活に活かす行動経済学の使い方】
プロスペクト理論の話は次で一通りおしまいにしようと思ってますが、今回は「確率加重関数」のお話です。
患者さんと治療や検査の話をするときに、検査のリスクや治癒する確率とかお話することが多々あるのですが、これを知っておくと確率が通常人にどう解釈されるかのヒントになるので、結構応用が効く話だと思います。
プロスペクト理論①-確実性効果-【日常生活に活かす行動経済学の使い方】 - 脳内ライブラリアン
プロスペクト理論②-参照点依存性-【日常生活に活かす行動経済学の使い方】 - 脳内ライブラリアン
プロスペクト理論③-損失回避-【日常生活に活かす行動経済学の使い方】 - 脳内ライブラリアン
目次:
確率の解釈はイメージの影響を大きく受ける
過去にあった例で考えてみます。同時爆破テロの直後はアメリカの旅客機の利用者は大幅に減ったそうです。代わりに車の利用者が大幅に増えたようですが、これが何をもたらしたか。
そもそも旅客機の事故死亡率と乗用車の事故死亡率では後者のほうが高いです。テロ後とはいえ旅客機での事故率は警戒も強化されており変わりません。結果として利用者が大幅に増えた乗用車での事故死亡率が上昇したそうです。
これは旅客機の低い事故死亡率を正確に認識できず、テロの強烈なイメージに引っ張られて過大評価してしまった、といえます。かえって死亡率を高めてしまったことになります。
確率加重関数とは
というわけで、人は基本的に確率を認識するのが苦手です。そもそも確率がハッキリわからない事柄のほうが世の中多いですし、研究データで60%と具体的に説明されてもなお、うまく認識できません。
前回までに述べた効果の例をみても分かります。100%と95%には5%の差以上に大きな落差を感じますし(確実性効果)、損失がある場合、数%の確率の出来事でもはるかに大きく感じることがあります(損失回避)。
そこで一般的に人が確率の数値を知ったときにどのように受け取るかをまとめたのが確率加重関数です。横軸に実際の確率、縦軸に人が感じる確率の大きさを書くと以下のような図になる、というものです。
(医療現場の行動経済学p.34より引用)
正確に予測できるのは35%前後のあたりです(図ではおそらく簡略化のため?0.4となってますが)。特徴として0%からは比較的急激な伸びを見せ、100%に近づく寸前も急に伸びていきます。問題なのは通常0,100ではなくその中間にほとんどの確率が位置することです。この中間をみると、低い確率は過大評価され、高い確率は過小評価されていることが分かります。これがミソです。
また前回書いたの損失回避の関係で、利益と損失の場合では若干曲線が異なるようですが、基本的な性質は同じとされています。
日常生活でどう使うか
生活で使う、というものでもないんですが卑近な例でいうとポケモンのわざの命中率なんかはこのイメージがぴったりくる気がします(笑)。やっていたのは初代~ダイヤモンド・パールぐらいまでなのですが、命中率70の「かみなり」や「ふぶき」と命中率80の「ハイドロポンプ」はイメージ的にそこまで大きく命中率が変わる印象がないです。これは100%からやや離れており、変化が大きく感じられないという点にあてはまります。逆に「つのドリル」「じわれ」みたいな一撃必殺技はレベルが一緒なら命中率30だったと思うのですが、これも30%くらいだなあというのがしっくりくる当たり方だった印象です。確率をここまで直接的に意識できるメジャーなゲームってそんなないですよね。
普段の生活への応用を真面目に考えると医療職では患者さんへの説明が当てはまります。患者さんに検査の話をするときはどうしても検査での合併症リスクの話をしなければなりません。例えばよく説明するのは造影剤という注射を使ったCT検査の説明です。「0.01%で死亡リスクがある」といった主旨の説明をするのですが、人によってはこの確率でも過大評価されて「検査をしたくない・・・」と言われる人もいます。もちろん大前提として検査をするメリットが大きいことは必要ですが、この場合にも確率加重関数の0%からの急峻な伸びが関係していると思われます。 こういう場合は、「10000人に1人出るくらいです」とかイメージしにくい確率から具体的な数に伝え方を変えることで多少なりとも受け取り方に変化が出ることもあります。
参考文献:「ファスト&スロー」「行動経済学〜経済は『感情』で動いている〜」「医療現場の行動経済学」
行動経済学でノーベル賞を共同で受賞したダニエル・カーネマンの本。行動経済学について知るだけでなく、自分の視点が大きく変わるので大変おすすめです。
新書ですがぎっしりと基本が詰まっており、理論も掘り下げています。それでいて分かりやすく入門書としてお勧めです。
医療の現場に合わせて書かれた行動経済学本です。普段の患者説明などなど患者さんが心理的にどう考えるのか具体的な事例をもって書かれており、「確かにこういう傾向あるな」と納得できる例も多く、患者心理の理解を進めるうえでも、自分たちの心理を知るうえでも面白かったです。
行列が苦手すぎる人向けの重回帰分析における最小二乗法【統計検定1級対策】
行列計算がとにかく苦手です。
解説の式をみていると普通の計算式と同様にいかない点が多すぎて、ルールの確認に奔走してしまいます。あと、行列式とかトレースとか転置行列とか冪等行列とか特殊なやつもよくわかりません。
ただ、統計の勉強をしていると重回帰分析などでどうしても避けられない・・・。
本のみならずネットで検索しながらやるんですが、ネットで出てくる記事や論文って多分その道を専攻している人向けで結構計算を端折られてしまうんですよね。そこでとりあえず全然できない自分でもできるように、基本的な行列計算のルール解説も盛り込んで、できるだけわかりやすく最小二乗法について書いてみます。
まず最小二乗法で知っておきたい行列のルール
通常の行列計算の仕方はさすがに知っているので、あとは色々なルールたちです。
まずどちらかが単位行列などでなければ基本的には
行列AB≠BAです。
あと方程式を解くときも逆行列を使って
のときのようになります。
そして転置行列は多用されますので、下記の性質は必須です。
転置行列の基本的な4つの性質と証明 | 高校数学の美しい物語
いつもこちらのページにはお世話になってます。
そしてもうひとつがベクトルの微分というもの。
k次元のベクトル変数βでk次元のベクトル定数c、k×k次元の定数行列Aを微分する場合、下記の式が成り立ちます。
微分は若干ややこしいですが、この辺を覚えていれば何とかやれます。
最小二乗法とは
回帰分析では結果変数yと説明変数xについて
という関係が成り立ちます。ここでは誤差項と呼ばれ、ランダムで入る誤差です。正規分布に従い、平均をとると0になるのが特徴です。この誤差項を最小にする、すなわち
を最小にするのが最小二乗法です。このときのβを求めることで推定量が求まります。重回帰分析の場合はそれぞれyが定数ベクトル、xは定数行列(分析の過程で得られたデータ)となり、βは変数ベクトルとなります。
行列になるといつもよくわからなくなるのですが、要はyとxの関係式
という式を連立していったものなんですね。(x11というのは1個目のデータの1つめの説明変数を示してます)
行列を使った式に直すと
となります。
ベータの推定量を出してみよう
さて、ここからが本題。
求めたいのはyとxの関係性をつなぐβですが、前提条件として誤差項が最小でなければいけません。まず先ほどの誤差項を計算していきます。前述のように
ここから丁寧に展開していきます。
ここで転置行列の性質から
となるのですが
はスカラー量(行列でもベクトルでもない)なので、転置行列使っても実は変化しないことがわかります。よって
となります。
この式をベクトルβで微分したときに0になる点でεが最小になると言えるので、微分してみると
これを正規方程式と言います。
あとはこれを解いて
となります。
プロスペクト理論③-損失回避-【日常生活に活かす行動経済学の使い方】
おはようございます。
今日は引き続き、行動経済学の話を書いていこうと思います。
今回は「損失回避」について。
プロスペクト理論①-確実性効果-【日常生活に活かす行動経済学の使い方】 - 脳内ライブラリアン
プロスペクト理論②-参照点依存性-【日常生活に活かす行動経済学の使い方】 - 脳内ライブラリアン
目次:
損失回避とは?
傾向として、人はちょっとした損失でも利益より影響を大きく感じやすい、ということです。具体的に実感できる事例からみてみます。次の2つの設問に答えてみましょう。
1、A コインを投げて表が出たら2万円もらい、裏が出たら何ももらわない
B 確実に1万円もらう
2、A コインを投げて表が出たら2万円支払い、裏が出たら何も支払わない
B 確実に1万円支払う
(医療現場の行動経済学p.35-36)
期待値の計算に則ればどちらも同じであり、両方の選択肢を選ぶ人に差は出ないと思われますが、実際には1ではB、2ではAを選ぶ人が多いと言われています。違う選択肢の方もいたかもしれませんが、一般的な傾向については、損失に対してリスクをとりやすいことになります。しかしながら、設問を少し変えると、その傾向に変化が起きます。
3、あなたの月収が30万円だったとする。
A コインを投げて表が出たら今月は月収が28万円、裏が出たら30万円のまま。
B 今月の月収は確実に29万円。
これだとどうでしょうか。先ほどの設問2でAを選んだ人でも、Bの選択肢を選ぶ人が多いと言われています。2と3は本質的には全く同じ質問ですが、30万円という月収を”参照点”として考えた時に少しでも減るのが、心理的には大きく減ると感じられる ようです。
価値関数
利益と比べると損失は少しの量でも強く感じられてしまう傾向をグラフに表したのが、価値関数です。
(医療現場の行動経済学p.38)
横軸に変化の量(例えば金額とか)、縦軸に感じられ方をとっています。原点が”参照点”というところでしょうか。少しでも原点から移動すると急激にがくっと下方向にグラフが下がっているのが分かります。逆に利益はそこまで急激な変動はないようです。
感応度逓減性
ちなみにこのグラフをみると利益も損失も変化量が大きくなればなるほど、緩やかになっているのが分かります。これを「感応度逓減性」と言います。「逓減性」って単語が聞いたことなさすぎて、何だろうと思ったのですが、要するに漸減と同じ意味で徐々に減るという意味です。
例えば、1000万円が当たるくじと1100万円が当たるくじを買う時に、どちらがより当たる確率が高くて、どっちを買うべきか厳密に考えたりするでしょうか。まあ何となく似たりよったりに感じます。
これが1万円が当たるくじと101万円が当たるくじならどうでしょう。全然違うものに感じられるのではないでしょうか。金額が大きくなると実感がなくて小さな差は無視されることがあります。前にも紹介した大きい買い物をするときと同じですね。
日常生活で気を付けることは
大抵の人は日常的に確率を計算するという行為は苦手です。また確率が分からないことも沢山あります。そうすると自分の「感覚」に頼らざるを得ないのですが、ここで「損失回避」の傾向に気づくことが大事です。
損失のリスクがあるものというと、例えば保険や投資でしょうか。もしこういう損害があったらどうしよう、という不安につけ込んでくる商品には注意が必要です。保険商品はものによっては、補償をエサにしながら(ここが損失回避傾向をゆさぶるポイント)貯蓄性のさほど良くない、なんなら実はリスクの高い商品があります。「もしも」がどのくらい起こることなのか、また保険以外にも対処の仕方があるかどうか、冷静に考えた方が良いでしょう。なので、個人的には保険は生命保険くらいで留めて、貯蓄は低リスクな投資にまわしてます。
また広告やテレビで見る「知らないと損する」なんていうキャッチコピーも損失回避をくすぐるものです。知らないと損するのか知ってると得するのかは、見方によって変わるものですが、「損する」と言われるとつい気になってしまうものです。
続きの記事はこちら
プロスペクト理論④-確率加重関数-【日常生活に活かす行動経済学の使い方】 - 脳内ライブラリアン
参考文献:「ファスト&スロー」「行動経済学〜経済は『感情』で動いている〜」「医療現場の行動経済学」
今回の話も主にここから参考にしています。
行動経済学について知るだけでなく、自分の視点が大きく変わるので大変おすすめです。
新書ですがぎっしりと基本が詰まっており、理論も掘り下げています。それでいて分かりやすく入門書としてお勧めです。
医療の現場に合わせて書かれた行動経済学本です。普段の患者説明などなど患者さんが心理的にどう考えるのか具体的な事例をもって書かれており、「確かにこういう傾向あるな」と納得できる例も多く、患者心理の理解を進めるうえでも、自分たちの心理を知るうえでも面白かったです。
プロスペクト理論②-参照点依存性-【日常生活に活かす行動経済学の使い方】
おはようございます。
統計の勉強に行き詰まりを感じつつ、ちょっと逃げるように行動経済学の話を書きます。日常生活やビジネスに活かせるような話をまとめていきます。
引き続きプロスペクト理論についてです。
前回は理論の核となるもののうち、「①確実性効果」を紹介しました。今回は「②参照点依存性」について書いていきます。
参照点依存性って何?
参照点依存性とは、要するに人は「お金が増える、もしくは減る可能性」を考えた時に、「もともとの状態がどんなもんだったか」をベースにして考えるということです。
例えば以下の例のどちらの人がより悲しむでしょうか。
①昨日の時点で資産が1000万円ある人が今日20万円入った封筒を落としてしまった
②昨日の時点で資産が10億円ある人が今日20万円入った封筒を落としてしまった
まあ普通に考えると①ですよね。これはもともとの資産を「参照点」としてみた時に損失である「20万円」を比べると①のほうが大きくみえるから、ということになります。
しかもこの話は何もお金に限った話ではなく、人は基本的に期待や損失を何かと比較してみる、という傾向があるため、それ以外の話にも応用できます。
例えば医療関係の話で行けば、「健康」も失って初めて価値が分かるとよく言われます。脳梗塞になった患者さんはもともとの「健康」な状態(本当は生活習慣病があって”客観的には”健康ではないことも多いですが)を参照としてある瞬間から「脳梗塞」になってしまうため、比較すると大きな損失です。
この辺の話は以前の行動経済学の本にもよく触れてあります。
こういわれてみると至極当然な話にみえるのですが、なぜこれが今まで分からなかったのか。
ベルヌーイの誤り
「同じ金額なのに、人によって感じ方がなぜ違うのか」
この疑問は昔の人も十分に感じていたようで、例として資産が少ない人のほうが保険に多くお金を払う、ということが挙げられています。これはオランダのアムステルダムで100隻ほどある船のうち年間5隻は事故などで無くなってしまう、ということに対して、資産が多い人よりも資産が少ない人のほうが喜んで保険にお金を払う、という事実です。資産が少ないのにお金を多く払いたがる?というのはおかしく感じられたようです。
”ベルヌーイの定理”で有名な数学・物理学者ダニエル・ベルヌーイ(Daniel Bernoulli 1700-1782)はこれらの問題にひとつの解決策を出しました。
まず、お金というのは同じ金額でも人によって実際に感じられる数値感覚は違うので、これを「効用(utility)」という別の数値だとしました。
さらにこの効用は富の状態(資産とか)によって異なるので資産10億からみた1億は小さいし、資産3億からみた1億は大きく感じられるよ、というのを理論化しました。
これによって上述の船の例においても、資産が多い人のほうが失ったときのダメージは小さいので、資産が少ない人の方がよりダメージが大きくなるため保険に入りたがる、という現象が説明できました。
めでたく、以降250年ほどは大まかにはこの理論をもとにして経済学が進められてきたようです。
とここでダニエル・カーネマンらは疑問を感じました。このベルヌーイの理論は「富の状態」(ある状態での効用)のみに焦点を当てており、「富の変化」に焦点を当てていなかったのです。これをベルヌーイの誤りと呼んで指摘しました。要するに例としてはこうです。
①ジャックは昨日100万円もっていて今日は500万円になりました。
②ジルは昨日900万円もっていて今日は500万円になりました
さて、どっちが幸せでしょうか。これはまあ①ですよね。ただ、ベルヌーイの理論はこの変化については焦点を当てず、最終的な富の状態(500万円)が一緒なら効用も同じ、としていました。これが誤りであったとされています。
日常生活に活かすうえで大切なことは?
理論を実践に落とし込むうえで、難しいのは人が何を参照とするのか、ということです。例えば以前の記事に書いたように、高い家電を買ったときにオプションが安く見えてしまうというように、オプションに対しての参照点は家電の価格、になります。
同様に自分が何かリスクのある決断をするときに、必ず参照点を考える癖をつけると日常生活に活かすことができると思います。果たしてその決断が何の影響を受けているのかを知ると、実はさほどそれが価値のないものだということにも気づくことができるかもしれません。結構色々なパターンがあるので注意が必要です。例を挙げてみます。
・金額の大きな買い物をするときのオプション
→大きい買い物の価格が参照点
・セット販売
→それぞれの単品価格の和が参照点、、、ですがそもそもそれぞれの単品が必要ですか?
・セールでの値引き
→元の価格が参照点、、、ですが参照点はメーカーもしくは販売者で恣意的に決められていることに注意
もちろん全てのものと比較する絶対的な評価なんて常人にはできませんが、参照点を立ち止まって少し考えるだけでも意味はあると思います。さらにはお金以外のことも知らず知らずのうちに参照点を使うことはあるので(今の彼女と前の彼女を比べちゃうとか、男性のみという説もありますが) 、何かの価値や不確定なことの決断をする場合はこの視点を思い出すと自分にとって良い決断ができることもあるかもしれません。
続きの記事はこちら
プロスペクト理論③-損失回避-【日常生活に活かす行動経済学の使い方】 - 脳内ライブラリアン
参考文献:「ファスト&スロー」「行動経済学〜経済は『感情』で動いている〜」
今回の話も主にここから参考にしています。
行動経済学について知るだけでなく、自分の視点が大きく変わるので大変おすすめです。
新書ですがぎっしりと基本が詰まっており、理論も掘り下げています。それでいて分かりやすく入門書としてお勧めです。
不正を少しでも減らすためには「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」
今日は書籍紹介します。
前に行動経済学者のダン・アリエリーの本を読みましたが、今回は同じ著者が「ずる」「不正」について行動経済学の観点から書いた本を紹介します。
medibook.hatenablog.com前回の記事はこちら。
さて、みなさんは「ずる」をしたことがありますでしょうか。
おつりがちょっと多かったことを言わなかったり
職場のコピー機で私用の印刷をしたり
テストでちらっとみえた他人の解答を、さも最初から分かっていたかのように書いてみたり
えーっとこれはどれも私がやったことあることなんですが汗
この本で紹介されるのは、詐欺師が組むような大がかりな嘘だけでなく、日常的に行われうる上記のような「不正」や「ずる」についてです。そして、その「ずる」がどの程度まで行われ、何がそれを助長あるいは抑制するのか、を調べた本です。何らか不正やごまかしで困っている人やそれを予防しようという人には役立つかもしれません。
筆者が本書で最初に示しているのは「ずる」をする人がもつ「つじつま合わせ仮説」というものです。これは単純に利益と損失を計算して、より利益が大きいから「ずる」という選択肢をとるのではなく、その人のなかで「利益」だけでなく「自分の道徳心」も照らし合わせたうえで合理的な言い訳を作り、自分の正当化と利益のバランスをとって「ずる」をする、ということです。
例として、筆者は盲目の人がタクシーに乗った実験を挙げています。普通の人が見知らぬ土地でタクシーに乗った場合、道をわざと遠回りして料金を高めにとられる、ということがアメリカではあります。そこで、盲目の人ならば尚更気づかないため、利益を追求するなら間違いなくタクシードライバーは「ずる」をするだろう、という前提で、目の見える人と見えない人でタクシーに数回乗り、料金を比較する実験をしてみました。結果はどうだったか。
なんとなく予想はつくと思いますが、盲目の人のほうがむしろ料金が安く済んでいたようです。これは「利益」だけでなく、「モラル」からさすがにそんな人から金をむしり取るのはやめようという判断が働いたことが分かります。つまり、不正を働くとしても人は自分の罪悪感をそれなりに照らし合わせてから行うということです。
本書ではそういった多数の実例、実験結果から、不正を行わせやすくする条件あるいは抑制する条件をあぶりだしています。自己の目的を追求しているとき、意志力が低下しているとき(要は疲れているとき)、偽物のブランドを身に着けているとき、周りの人が同じことをやっているとき、創造性が高まっているとき、、などなど。創造性が高い、というのは少し意外ですが、頭の中で言い訳を作り出すのも想像力がないとできない行為ではあって、サザエさんのカツオくんあたりを思い浮かべると確かに想像力があるゆえに言い訳を作り出して「ずる」をしている気がします。
逆に言えばこれらの条件がないときは、人が不正を起こしにくいときであり、他にも宣誓書を書く、道徳についての考えに触れる、ということも不正を起こしにくくさせる効果があるようです。これらの条件を振り返ってみると人が不正を働くときというのは比較的さまざまな条件に引きずられており、ある程度でも自分を正当化できないと不正ができない体になっているんだというのが分かります。不正行為に対しては規則でがんじがらめにして監視を強めるよりも、こうしたメカニズムの理解を進めて内面への働きかけを重視していくのが役立つかもしれません。