脳内ライブラリアン

読書した本や学んだことをまとめつつ記事に。職業は医師なので医療絡みがメイン。

他人からの評価が気になる人へ

最近随分と心理学系統の本で読んだものも増えてきたので

時折、色々まとめて自分なりの意見を書いてみようと思います。

口調が丁寧語じゃないものになってますが、、とりあえずこんな感じで。

今回は“他人からの評価”ということについて。

 


人からの評価が気にならないという人はいないだろう。

特に行動を起こすとき、それが障壁となる時がある。

例えば、大勢の前で質問するとき、というのが分かり易い。

「こんなことを聞いていいのだろうか」「的外れなことをいっていないだろうか」

「バカだと思われるかもしれない」

こういったことを考えることはよくあるだろう。

これらはいずれもその“大勢の人”が思う意見を勝手に妄想しているわけである。

 


この例は医師で言えば勉強会・学会・カンファレンスが当てはまり

ビジネスマンで言えば会議なんかが当てはまるわけだが

他人からの評価を受ける機会というのはそれ以外にも

あらゆるところに散らばっている。

人と関わる仕事の全てといっても過言ではない。

 


こうした評価がポジティブなものだけなら良いのだが

当然ネガティブなものもあり得るし、辛いのはネガティブな評価ばかりに

なってしまう時である。これにはどう相対すれば良いのか。

 

 

 

◯開き直って“我が道を行く”でいいのか

 


対策の一つとして他人の評価はあくまで他人の一主観に過ぎないので

全く意に介さないようにする、という方法がある。

しかし極端に人の意見を聞かないのは自分にとって望ましい方向に進むとは言えない。職場で「あの人はほんとうにミスが多いよね」という評価を無視し続けていれば人から仕事を頼まれなくなってしまうし、「キミは遅刻が多すぎるよ」という評価を真に受けず生活を変えないままであれば、左遷かクビになるかもしれない。

鈍感であることはある程度は必要とされる技能かもしれないが、過ぎたるは及ばざるがごとしである。

 


特に下の立場の役職であれば、上司の意見を無視するなんて中々できないのでこうなる心配はないが、その点で医師の仕事はタチが悪い。他の業種に指示を出す側であり、また医師同士でもお互いのプライドを尊重するためかあまりきつく意見を言い合わないため、人の意見をまともに受け取らない傾向になり易い。

 


では人の評価をどう受け取ればいいのか。

それは評価から受ける感情的な面と評価から得られる情報を分けて考えることが必要だと考える。

 

 

 

◯ネガティブな評価から受け取る負の感情

 


誰かに「君は間違っている」「君はA君より仕事がイマイチだ」と言われて

不快に思わない人はいないだろう。明らかに見当違いな指摘や勘違いがない限り、そこで感じる不快感はごく自然なことである。ベストセラーとなった『嫌われる勇気』でもアドラー心理学の考え方を「優越性の追求も劣等感も病気ではなく、健康で正常な努力と成長への刺激である」と紹介している。悔しさをバネに頑張ることは結局のところ自分へのプラスになり、結果的には収支プラスとなるわけだ。

 


ただそれ以上に深い負の感情を抱くと事は変わってくる。評価が引き金になって次々と妄想がつくられる状態だ。「あんな評価をするなんて、きっと上司は自分のことが嫌いに違いない」とか「あの発表がボロクソに言われるなんて、自分はプレゼンの才能がないんだ」というように、本来評価されているのはある一時転のある一点なのに、それを大きく超えて自分の人格そのものや能力全てが否定された気持ちになることは事実と全く異なる上に、別の新たな行動の障壁にもなる。これはアドラー心理学でいう“劣等コンプレックス”に近い。自分が劣等感を感じていることがある故になにかができないと信じ込んでいる状態だ。例えば、自分は皆んなにクラス一のバカだと言われるくらい勉強ができないから医学部に入ることができない、というように。それこそ一時点の一点の評価に過ぎないのである。

 

 

 

◯客観視する、という貴重な情報を得る

 


他人からの評価は自分の予想だにしない意見も時に含んでいる。むしろ予想だにしないことがあるからこそショックを受けたり、嬉しかったりする。最初から自分でもよくわかっていることを言われたら何も感じないだろう。この予想だにしない意見というの貴重だ。何故なら自分の頭では考え付かないことやあるいは頭をかすめても認めたくない事実を浮き彫りにしてくれるからだ。これらは今後の自分の成長には欠かせない。認めたくないことやミスを指摘されるとどうしても先程述べた負の感情が湧きたちそうになるが、アメリカ心理学の祖であるウィリアム・ジェイムスは異なる意見に対してこう述べている。「真理を完全に所有していると主張することによって、かえって真理を失うことを恐れる」。本当に自分が成長しようと思うなら、他人からの評価は欠かせないものなのだ。

 


自分の行動が人に対してどんな思いを抱かせるのか、自分の意見を人がどう捉えるのか。これを繰り返すことで自分の行動や意見が様々な意見を組み込んだものとなり、洗練されたものになる。ただ、もちろん何でも他人の評価が役に立つわけではなく、全くの誤解や事実無根の事柄に対する評価もあるかもしれないが、いずれにしても負の感情に流されず、自分の糧となるかどうか慎重に判断する事は必要といえる。